*そらみつ*

良く好く、悪くもゆるゆる自由人。だらしなく甘い日常の色々。
良く好く、悪くも
ゆるゆる自由人。

だらしなく甘い日常の色々。
松島の島巡り、うみねこが追って来るんだよ。

松島の島巡り、うみねこが追って来るんだよ。

(画像は、つい最近のものです)

今日で、7ヶ月が経ちました。
思い出しながら、綴ります。



あの日、私はもしかしたら
大変なことになって居たかも
知れなかった・・・。

3月9日の地震から、ずっと
揺れ続けていることが気になり
胃の調子を悪くしたこともあって
あの日は、予定を取り止めて
実家に居た。

本当ならば、海の近くに居るはず
だった・・・。

微かに揺れ始めた時、普段からの癖で
直ぐにガスの元栓を締めに行った。
(私は地震にすこぶる敏感)
間もなく、大きな大きな揺れが来て
壁に両手をついたまま、耐えた。

9日の地震の時には泣いたのに、
一滴の涙も出なかった。
どうなるのだろう、ただそれだけを
考えて居た数分間。異様な感じだった。

地震による被災は初めてじゃない。
テレビを着けようとは思わなかった。
先ず、ラジオを着けた。
(此処は幸いなことに、津波の心配は
要りませんでした)

雪が降ってきた。風も強い。
めちゃくちゃになった自室から、
必要なものを探し出し、鞄に詰めた。
コートを着て、靴下を重ねて穿き
厚手のマフラーをぐるりと巻いた。

きっと直ぐに電波が届かなくなる・・・。
最小限の連絡を入れると、携帯電話は
使えなくなった。
(使えるようになったのは、それから
一週間が経ってからでした)

家族は皆、無事。

家の中に居ても、凍えるような寒さ。
暗闇になった世界で、凍えないように
家族で寄り添った。
ラジオから聞こえて来る情報はまるで、
作り事のようだった。でも現実だった。
夜が明けると、新聞が届いていた。
一枚だけの「新聞」。
そこには、聞くと見るでは異なるものが
残酷な姿で存在していた。



お風呂に入れたのは、一ヶ月以上も後。
我慢出来ず、少量の水で髪を洗った。

手を洗うことも、ままならなかった。
石鹸を使えば、洗い流す水がたくさん
必要になる。最低限の衛生状態。

でも、それほど気にはならなかった。
生きることで一生懸命だったから。

**

ご近所さんのご家族は、行方不明。
知人は、車で津波から逃げた(無事)。

親戚は、津波の被害に遭った。
家を半分以上持っていかれた。
泥等にまみれた衣服をかき集めて、
我が家で洗濯をした。何度洗い流しても
真っ黒な水しか出なくて怖かった。

後日、親戚の家の中で行方不明の方を
発見した。
「見ず知らずの方だけれど、
此処に流れ辿り着いて良かったね・・・」。
親戚は、そう言って居た。

(ひとりでも多く、見つかって欲しい)



現在。不自由は全く無い。
半壊した家は未だ、修理をしていない。
それでも、住めるだけ有り難い。

一生、忘れないこと。